■ 起動戦姫 / 佐々暮淳 (夜の街) (サラリーマン死徒が2体) 「…………」 「…………」 (シエル先輩の部屋) (弓塚さん登場) 「遠野くーん、おはよー」 「ん……おはよう、翡翠……  あれ? 翡翠じゃ、ない……?」  今日はどうしてだかかわらないけれど、弓塚さん の声で目が醒めた。  ————弓塚さんっていつからうちで仕事をする ようになったんだっけ? 「……え? ……わぁっ!」  ただでさえ寝起きの姿を見られるなんて恥ずかし いっていうのに、なんで弓塚さんが!? 「まだ寝ぼけてる。わたし、翡翠さんじゃないよ。 遠野くん、もう起きてよ。避難命令があったの、 聞いてなかった?」 非難、命令……? 寝起きで充分に働いていない頭をなんとか回転させ て、よく考えてみる。 ここはいつもの自分の部屋 じゃないし、起こしに来たのは翡翠でもない。 どうしてこうなっていたんだっけ……? 「ああ、そうか。そうだった」  事の始まりは、1週間前。 (星空)  増えつづける人口を抱えきれなくなった人類は、 まだスペースコロニーなんていう宇宙へ移民する 技術力もなく、 (裏通り・ロア)        この街では吸血鬼なんて厄介なもの に、好きなように町内の人口を減らされていた。 以下、長くなるので省略。 (シエルの部屋) ————という、忌まわしい事件があってから数ヶ 月。この町にもようやく平穏な日々が訪れたと思っ たある日、それは突然始まった。 (流血背景)  俺のたったひとりの妹である遠野秋葉は、凶行が 過ぎ去った後もアルクェイドやシエル先輩が町に 残っているばかりか、目の前で俺にベッタリの状態 を見せつけられることに不満を募らせ、抑えに抑え た感情がついに暴発。 (遠野屋敷・門) (秋葉&サラリーマン死徒)  屋敷一帯を「ジオン公国」と宣言して、あろうこ とか、どこからか探してきた死徒と手を組んで、俺 ————遠野志貴の奪還と、町内からの完全独立を 掲げて戦争をおっぱじめたのだ。  俺は、自らの妹の暴走行為に恐怖した……。 (シエル先輩の部屋) ……ところで、なんで遠野家なのにジオン公国なん だろうか、というは疑問だ。  これは、戦争勃発時にも町内や学校で話題になっ た。  トオノとジオン。語感的にも意味的にも、なんの 因果関係もないように思うんだけど……。 (琥珀さんの部屋) (笑顔の琥珀さん)  こういう妙な設定に凝るのって、琥珀さんの趣味 だろうか。なにしろ、あの屋敷の中でテレビを見る ことができる、唯一の人物だからな……。  秋葉も秋葉で、なんで乗せられちゃうかなー。  秋葉はテレビなんて見ないだろうし、ましてや アニメなんて免疫がないだろうから、うまく琥珀さ んの口車に乗せられたのかもしれない……。 (シエル先輩の部屋)  まぁ、いいか。そんなことを考えてると、メガネ を外したときとは別の頭痛……というか、眩暈が してくるし。  今は深く考えないでおこう……。  ということで、危険な屋敷には戻るに戻れず、 数日前からこうしてシエル先輩の部屋に非難してい るんだった。 (弓塚さん) 「回想終わった?」 「もうちょっと」 「急いでるんだから、早くしてね」  そういえば、部屋の主であるシエル先輩はどうし たんだっけ……。  ————そうだ。  先輩は、というと、自分がここへ来てからは、 この部屋では寝泊りしていない。  こっちに気を遣って、とか、ましてや激しい夜を 過ごすのが嫌だから……というワケじゃない。  秋葉たちが「ジオン公国」を名乗ったことに 「そうですかそうですか、そう来ましたか!」 なんて妙に対抗心を燃やして、学校の生徒を中心に 自警団『学級連合軍』をあっという間に立ち上げて しまった。  白塗りの校舎を『ホワイトベース』と勝手に命名 して、秋葉や死徒対策の基地にしたのだ。  シエル先輩によると、学校周辺あちこちに、結界 やらワナをやらをしかけまくっているらしい……。  今は茶室に泊まりこんで、対吸血鬼の戦闘員とし てはシロウト集団の学生たちの指揮をしている。  先輩もこういうシチュエーションが好きらしく、 単に死徒の浄化という目的を超えた部分で、なんだ かんだと楽しんでいるようだ。  生徒達も生徒達で、大半は仕方なく学校での避難 生活を送ってる、って感じなんだけど、その他はほ とんど文化祭みたいなノリで、お祭り騒ぎ。  特に有彦みたいに、勉強を堂々とサボってケンカ (というレベルじゃないんだけど)三昧、ってこと で、この状況を楽しんでるヤツもいる。  はっきり言って、危機意識はあまりなかった。  ただ、俺だけは学校にいるとまわりの人間も危険 に晒される心配があったので、こうして一人シエル 先輩の部屋に隠れていたんだけど……それもそろそ ろ限界ということか。  それ以前に、先輩の部屋に泊まっていたという 事実が秋葉にバレたら、それこそ秋葉の怒りは激し くなる一方だろう。  外からは、学校への避難を呼びかけるスピーカー が鳴り響いている。 「弓塚さん、待たせたね」 「もー、待ちくたびれちゃった」  ようやく状況が思い出せた、という表情に戻った のを見て、弓塚さんは話を続けた。 「それでね、遠野くんを探し出すためだと思うんだ けど、町じゅうに吸血鬼やら黒い猛獣やらが溢れ出 して、大変なことになってるんだって!  このあたりも危険だから、昼間のうちに比較的安 全な学校に避難しろって放送、聞いてなかった?」 「しらないよ。シエル先輩は何も教えてくれなかっ たし。でも弓塚さん、吸血鬼だらけの街を、よく 通って来れたね」 「あはは、だってわたしも……ごにょごにょ」 「……?」 「とにかく、学校へ行きましょう。あっちの方が 安全な筈だわ」 (街中) (交差点) (学校・校庭)  なるべく安全そうな道を通って、なんとか学校に たどり着いた。  学校……ホワイトベースは、今や辺り一帯の避難 所のようになっていて、学生以外の避難民の姿が目 立つ。  クラスで知った顔が、こちらの顔を見ると、校門 を僅かに開いて叫んだ。 「早く! 危ないから校舎に入れ!」 「シエル先輩はどこだ?」 「校庭あたりだろ!」  校庭を見ると……中央あたりに……ぽつんとシー ツで覆われたベッドがあった。そのベッドを取り囲 むように、シエル先輩と有彦の姿があった。  ……負傷者でも手当てしているのかな? (シエル先輩) 「————のような真祖の吸血鬼をドレイみたいに こき使えば、乾くんみたいな学生さんも実戦に出な くて済むようになります。そうすれば、じきに戦争 も終わりますよ」 (有彦) 「なんだか先輩の言い方、トゲがあるねー」 (シエル先輩) 「ふふ、きっと乾くんの気のせいですよ」 (有彦) 「(女って怖い……)お、先輩。遠野が来ました よ!」 (弓塚さん) 「シエル先輩、遠野くんを呼んできましたよー」 (シエル先輩) 「やっと来てくれましたね、遠野くん。 実は————」 (交差点) (死徒×2体) 「スレンダーはここで待っていろ」 (死徒×1体) 「はっ」 (学校・校門) (死徒・ジーン) 「報告にあった敵の吸血鬼は見当たりません。いる のは弱そうな普通の人間ばかりです……はぁはぁ」 (死徒・デニム) 「おいジーン、どうした。……まさかおまえ!?」 (死徒・ジーン) 「死徒27祖だって、奪った生命の数が多かった分 だけ実力をつけていったんだ! だったら俺も!」 (死徒(デニム)) 「ばか、そんな一度にこれだけの人間の血を吸える わけないだろう!」 (死徒(ジーン)) 「とにかく、吸っちまえばこっちのものよ!」 (死徒(デニム)) 「やめろジーン! 我々の任務は偵察なのだぞ!」 (学校・校庭)  そのとき、校門の方から金属が軋みをあげる音が 耳に刺さった。耳障りな、嫌な音だ。  危険を感じて、心臓の動きは急速に早まる。 校門に目を向けると (学校・校門) (サラリーマン死徒・ジーン)          通常では考えられない力で、 ちょっと目つきのヤバげなサラリーマン風の男に 校門が捻じ曲げられているところだった。 (志貴) 「ジオンの死徒(ザク)だ……」  倒しても倒しても次々と量産される、”死徒”と 呼ばれる吸血鬼。俺たちは、やつらのことを ”ザク”と呼んでいる。  この不死の兵器の量産化に成功したことにより、 ジオン軍は警察や自衛隊でも手に負えないほどの圧 倒的戦力を有し、この町をほぼ制圧下に置いた。  ただ、秋葉はこの町より外を支配しようというつ もりはないらしい。怖いことをしている割には、 まだ可愛いところも残ってるようだ。  校庭にいた避難民は、混乱を起こしつつも校舎 ……ホワイトベースに非難している。  そうこうしているうちに、遂に校門が破られた。 死徒(ザク)は、知恵の輪のようにグニャグニャと 捻じ曲がった、かつて校門だった金属の塊をこちら に向かって投げつけてきた! (校庭) (有彦) 「……うわ!」 (有彦消える)  あーあ。鉄隗を避けようとした有彦は、勢い余っ てベッドの角に頭をぶつけてしまい、そのまま動か なくなってしまった……。  地面には、作戦書だろうか、有彦が持っていた ファイルやプリントの類が散乱していた。 「し……死んだ……!?」 (シエル先輩) 「大丈夫、気を失っただけです。それよりも遠野く ん。そのファイルを敵に奪われないように、すぐ回 収してください」 「シエル先輩は……有彦よりもこんなファイルの 方が大事だっていうんですか! ……同感です。 有彦も簡単には死なないやつですし、運も強いほう ですから、放置しておきましょう」  死徒(ザク)の動きは思ったよりも緩慢なので、 奴との距離を見ながら、手早くファイルを回収して いく。  それにしても、有彦。おまえも報われないヤツだ よな……。死ぬなよ。  シエル先輩、弓塚さんと、ファイルを回収する。  その中に、表紙に大きく「極秘」と書かれた、 やたらと目を引くファイルがあった。 「ん? 極秘……資料?」  ちょっと気になって、表紙を開いてみる。 「V作戦……ジオンの死徒(ザク)の性能を上回る 吸血鬼を使った、敵の撃滅作戦…… 連合軍の吸血鬼…… って、まさか!? ひょっとして、あいつのことか!?」 (校庭) (死徒)  「うわっ!」  ファイルを読んでいるうちに、いつのまにか死徒 (ザク)があと数メートルの位置に迫っていた! 「これが……ジオンの……死徒(ザク)か……」  死徒を見ることは初めてではないものの、何度見 ても気持ちのいいものではない。  全身に冷や汗と、緊張感……全身に震えが来てい るのがわかる。 (死徒・ジーン) 「へへ、怯えてやがるぜ、この人間はよ!」  しかし、その前にひとつ確かめなければならない ことがある。  死徒(ザク)から飛びのいて、ベッドにかけられ た白いシーツを一気に剥ぎ取った。  ……そこには。 「こ……これは、連合軍の吸血鬼! っていうか、 やっぱりアルクェイド!」  ベッドの上には、アルクェイドが静かに横たわっ ていた。 「先輩! これは一体どういう————!?」 (シエル先輩) 「えへへ。今回は敵の数も多いですし、ちょっと 癪に障りますけどアルクェイドを利用……じゃなく て、協力してもらおうかなーと。  名付けて”V作戦”です。  どうです遠野くん。かっこいいと思いません?」  ……体の調子はいいんだけれど、なんとなく眩暈 がしてきた。 「……先輩。見たところ、協力というよりは拉致し てきたように見えるんだけど、気のせい?」 「し、失礼な。彼女のお休み中に、ちょっと乾くん に手伝ってもらって、ベッドごとここまで運んで きただけですっ!」  ……先輩、それはあまりにも無謀すぎです。  有彦もよく生きてここまで来られたもんだ……。  といっている間に、死徒(ザク)が目の前にっ! 「こうなったら、やってやる! おい、アルクェイ ド。起きろ!」  (アルクェイド) 「んー、志貴? あれ、わたし、自分の部屋で寝て いなかったっけ?」 「それどころじゃない。ほら、目の前に死徒が! なんとかしてくれ、アルクェイド」 「んー……。なんか面倒くさいなぁ。夜になったば かりで調子がイマイチだから、いつもみたいに志貴 がざっくりと殺しちゃえばいいじゃん」  アルクェイドは全然やる気が無さそうだ。  とかなんとかやっているうちに、いつのまにか もう一体の死徒が現れていた。これで、目の前の 死徒(ザク)は2体……。 (死徒・ジーン) 「敵の吸血鬼が動き出しました!」 (死徒・デニム) 「なに? まだ眠っているものと思っていたが……」 (死徒・ジーン) 「いや……目覚めた直後で、まだよく動けんようで す」  アルクェイドが動き出したので、死徒(ザク)は 慌てているようだ。 こうなったら仕方ない。 「わかった、今度どこかに遊びに連れて行ってやる から、やってくれ」  ギンッ!  その瞬間。アルクェイドの赤い目が強烈な光を発 した。  そして。ベッドに手をかけ、片足ずつ……ゆっく りと立ち上がった。 「現金なやつだ……いつもの5倍以上のやる気が出 てる気がする」 (シエル) 「アルクェイド大地に立つ、ですね」 (弓塚さん) 「?」  死徒(ザク)が起き上がったばかりのアルクェイ ドに襲い掛かった。だが、アルクェイドは傷をつけ られるどころか、片手で振り払っただけで、死徒 (ザク)を簡単に数メートル先に吹っ飛ばした。 (死徒・ジーン) 「なんて吸血鬼だ! こちらの噛み付きもひっかき もまったく受け付けません!」 (アルクェイド) 「レディの寝起きを襲うなんて……見てなさい!」 (死徒・デニム) 「我々は偵察が任務なんだぞ。引き返すんだ」 (死徒・ジーン) 「何いってるんです! ここで倒さなければ、やつ らはますます……」 (教室) (翡翠) 「味方の吸血鬼が動き始めました!」 (校庭) (シエル先輩) 「くすっ、計算通りですね……」 (校庭) (死徒・ジーン) 「やってやる……いくら真祖だからって!」 (志貴) 「き……来た!」  開き直ったのか、若い方の死徒が再びアルクェイ ドと俺のいるベッドの方に襲い掛かってきた。  たいした勢いではないものの、そのおぞましい 姿には鳥肌が立つ。思わず顔を背けた。 「へへ……怯えていやがるぜ、この人間はよ!」  背けた顔の視界の隅で、白い軌跡が弧を描いた。  すっ……と音もなく、アルクェイドが右手を前方 に差し出したのだ。  その手は、突進してくる死徒(ザク)の顔面を鷲 掴みにした。死徒(ザク)の前進がピタリと止まっ た。  アルクェイドの掌は、死徒(ザク)の顔面を掴ん だまま一度手前に引き寄せられ、そのまま勢い良く 前方に押し出された。  ぶちっ。  アルクェイドの手には死徒の顔面が残ったまま、 死徒の体だけが千切れて放り出されていく。  顔面を損傷した死徒は、アルクェイドの威力に恐 怖し、逃げる体制に入っている。 (死徒・デニム) 「あれが連合軍の吸血鬼の威力なのか!」 (志貴) 「凄い……」 (死徒・デニム) 「ジーン、スレンダーが待っているところまで ジャンプできるか」 (死徒・ジーン) 「は、はい。なんとか……」  顔面をもがれた死徒が飛びずさって逃げようとし た瞬間。 (アルクェイド) 「逃がさないわよ!」  アルクェイドがタン、と地面を蹴った。  視界から消えた彼女は……空中にいた。  そして、横に一閃。  死徒の体は胴体から上下半分に切断され、地面に ぼとりと落ちた。  空からは、赤い雨が降るように、死徒の血が地上 に降り注いだ。  流血は……まずい。  アルクェイドに血を見せると暴走しかねないし、 死徒の血なんか体に浴びたら、あたりがえろえろ空 間になりかねない。 -28 「そんなことになったら、応募規定にひっかかって しまう……」 (アルクェイド) 「うーん、まだなんだか調子よくないなぁ」 (死徒・デニム) 「よくもジーンを!」  圧倒的な実力の差を目の当たりにして、正面から 戦ってもアルクェイドには傷ひとつ負わせることが できないことを悟ったのか、もう一体の死徒 (ザク)は、俺に向かって一直線に走ってきた。 「ううっ、やだなぁ」  アルクェイドはというと、一体目を倒して血を見 たためか、余韻に浸るかのように恍惚の表情を浮か べて、ぼーっと立ち尽くしている。  まずいな……あの状態のアルクェイドを呼んでも 間に合わないかもしれない。  こうなったら、自分でなんとかするしかない! 「どうする? 流血させないで死徒(ザク)を倒せ るのか?」  冷静に考えよう……。答えは簡単だった。前にも やったことだ。ヤツの死の線を切断すればいい。 「武器は……武器はないのか」  せっかくアルクェイドが起きたのに、このままで は死徒(ザク)の餌食になってしまう。  ポケットに手を入れると、都合がいいことにいつ ものナイフが入っていた……と思ったけど。 「あれ、なんかいつものナイフと形が違う……?」  まだ刃の部分が飛び出していないナイフの柄の部 分をよく見てみると、なにか文字のようなものが彫 りこんであった。  そこには、いままであった「七夜」という文字は 無かった。 「ビーム……サーベル…… って!?  なんですか、これは!」 (教室) (シエル先輩) 「ご説明しましょう」  と、頭上から声が聞こえたと思ったら、いつの間 に教室に戻ったのか、校舎の窓からシエル先輩が校 庭の様子を見物していた。  「その強化型飛び出しナイフはですね。わたしが 遠野くんのナイフをちょっと拝借して、昔から伝わ る秘術と最新の技術を使って、ちょこちょこっと破 壊力を増強してみたんですよ。結構自信作なんです よ。えっへん」  武器のことを語る先輩は、なんだか別人だ。 (校庭) 「はぁ……シエル先輩って、飛び道具だけじゃなく て、こんな物騒なものまで作っちゃうんですね…… って、なんてことするんですか!  これ、実の親の形見だったんですよ!」 -31  サーベル、というよりは、どうみてもナイフって サイズだけど、今はそんなことに構っている暇はな い。敵の吸血鬼は目の前に迫っている。  シエル先輩は、新作の武器の威力がどんなものか を確かめようと、助けるふうでもなく、期待で目を 輝かせながらこちらを見ている。  ————はぁ。仕方ない、使うか……。  柄についているボタンを押すと、光線でできた刃 がギュン!と飛び出した。  その長さは、まさにサーベルといったレベル。 「うわっ、危ない!」  ものすごく物騒な改造をしてくれたなあ、と、シ エル先輩に抗議の視線を送ってみた。 -32 (教室) (シエル先輩) ……にっこり。  先輩は期待通りの効果が出たのに満足したのか、 微笑み返してくれただけだった。  まあ、武器がこれしかないのなら仕方が無い。  やれやれ、と改造好きの先輩に呆れながらメガネ を外した。  いつものチリチリとした感覚が走るのと同時に、 走ってくる死徒(ザク)の全身に黒い線が浮かぶ。 「どうする……この新しい武器で、黒い線だけを 狙えるのか……」  すぅ、と一呼吸置いてから、覚悟を決めて死徒 (ザク)に向かった。 「うわぁぁぁ!」  叫びながら、ビームサーベルで黒い線を突いた。 -33  死徒(ザク)は一瞬ぴくりと指先を動かした後、 血を流さずに、サラサラと灰になって崩落していっ た。 -34 (遠野屋敷・居間) (秋葉) 「連合軍の吸血鬼は存在するんですね?」 (琥珀) 「はい、偵察に出た死徒(ザク)のスレンダーさん から報告がありました。戦闘力からして、相当強力 な吸血鬼さんのようですねー。」 (秋葉) 「……それにしても、連邦軍の吸血鬼が、あなたの 言うとおりの能力とはちょっと信じがたいわね」 (琥珀) 「いえ、ほんとです。ジーンさんとスレンダーさん が、いとも簡単にばっさりさらさらと」 (秋葉) 「そう……いざとなったら、私が直接出るしかない かもしれませんね」 (琥珀) 「ふふっ、認めたくないものですよねー。  色恋に狂った女の……若さゆえの暴走というもの は」 (秋葉) 「うるさいわね!」 -35  2体の死徒(ザク)をなんとか撃退したあと、流 石に疲れたので校舎内で休憩することにした。  シエル先輩と、今後の対策も話あわなければなら ない。 (学校・廊下) (翡翠) 「おかえりなさいませ、志貴さま」  校舎に入ると、翡翠が出迎えてくれた。  翡翠は、今回の独立戦争勃発直後、 「————はぁ」  と深いため息を吐いたあと、 「もう、はっちゃけすぎた姉さんのノリにはついて 行けなくなりました……」  といって、こちら側へ着いてくれたのだ。 ……うんうん、それはちょっと同感だ。 -36 「負傷者の手当てがありますので、いったん失礼し ます。弓塚さん、包帯が負けるのなら手伝ってくだ さいませんか?」 (弓塚さん) 「あ、はいはい」  と、二人は空き教室を利用した臨時の保健室へ 入っていった。 (学校・教室) (翡翠) 「ここの傷口を拭いて、止血テープを巻いてくださ い」  そこで、ある重要なポイントに気が付いた。  確か、翡翠ってかなり不器用じゃなかったっけ? ……負傷者がちょっと心配になってきたぞ。 -37  気になって、臨時保健室の様子を見てみた。翡翠 も負傷者に包帯を巻いているけど、持ち前の不器用 さと男性恐怖症を発揮して、負傷者はなんだか大変 な状況になっていた。  案の定、まるでミイラのごとくめちゃくちゃに包 帯を巻かれてベッドに横たわる人多数。今手当てを 受けている負傷者も手荒い看護を受けて、 「いたたた!」 とかいう声を上げている。  弓塚さんは…… (教室・弓塚さん)         血の滲み出る傷口を見つめて、 動きが完全に止まっている。なんだか目つきが危な っかしいな。  心配ではあったけど、とりあえずシエル先輩の待 つ茶室へ向かった。 -38 (遠野屋敷・地下室) (秋葉ともう一人(見えない)) 「おまえがいて、死徒(ザク)を3機も亡くしたの か?」 「はい、連合軍の吸血鬼が、それはもう冗談みたい な強さで」 「わかった、新しい死徒は回そう。その白い吸血鬼 に関する情報、なんでもいいから集めろ。できれば 捕獲してこい」 「わかりました」 -39 (学校・茶室) 「ほとんどアルクェイドのお陰で倒せたんです」 (シエル先輩) 「くすん……ビームサーベル、気に入ってくれなか ったんですね」 -40 (学校・教室) (有彦) 「翡翠ちゃん、オレもう死にそう……。かわいそう なオレに、もっとやさしくしてほしいな〜」 (翡翠) 「乾さまはピンピンしてるじゃないですか。それに 志貴さまは死にそうになりながら戦っているのに、 タンコブだけでずっと保健室に入り浸って……。  それでも志貴さまのご学友ですか、軟弱者!」 「翡翠ちゃんのそういう気の強いところ、オレ好き だなぁ」 「そんな……不良みたいな口のきき方、やめてくだ さい!」 「みたい、じゃなくて、オレ不良そのものだし」 「……(真っ赤)」 -41 (遠野屋敷・居間) (秋葉) 「琥珀、死徒(ザク)の突撃隊員を招集なさい。 スレンダーは学校から帰還しました。ということ は……  逆もまた可能ってことよね?  あなたも行って情報収集するのよ、琥珀」 (琥珀・死徒) 「召集しました」 (秋葉) 「は、早いわね……」 (遠野屋敷・門) (琥珀) 「ということで、あなたたちは校門のあたりで適当に 暴れてきなさい。但し、生徒を殺さない程度にね」 (黒犬) (シカ)  こくり。  こくり。 (琥珀) 「それでは、出発!」 -42 (学校裏) (琥珀) 「騒ぎに乗じて、裏口からすんなり入れちゃいまし た。ふふ、意外な盲点、ザルな警備体制ですねー。  あらら、誰かこっちに来るみたいですね……。  まずいな、ここだと隠れるところがない……」 (琥珀さんwith箒) 「くりーんくりーんくりーん……」 (翡翠) 「およしなさい! こんな時間に割烹着姿で校舎を 掃除するなんて、怪しすぎですよ!」 (琥珀) 「ふっふっふ、用務員さんと間違えてくれればラッ キーだと思ったのに。スパイ行為がばれちゃいまし たね。  勇敢ですね。あなたこそ学校でメイド服なんて、 存在感ありまくりですよ」 (翡翠・琥珀) 「姉さん……」 「翡翠ちゃん……」 -43 (琥珀) 「翡翠ちゃんの裏切りものっ。志貴さんのためにな ら、わたしや秋葉さまも捨てちゃうなんてっ。  姉さん、情けなくて涙が出てくらぁ! って感じ だわ」 「姉さん、口調が変わってますよ……」 「翡翠ちゃん、隙あり! えいっ!」  一瞬の隙をついて、琥珀さんのホウキの先が翡翠 の鳩尾に入った。  翡翠が、がくりと膝をついて崩れ落ちる。 「ふっふっふ、逆立ちすると、陰謀・謀略が色々と 浮かんでくるのよねー」 -44  ちょうどそのときだった。先輩とわかれた後、 ちょうど翡翠と琥珀さんの再会シーンに出くわした のは。 「翡翠! 大丈夫か?  あなたは……琥珀さん!?  琥珀さん、もうやめない? ご町内の人たちに多大なご迷惑をかけてるし……」 「あらら、志貴さんにまで見つかっちゃいました。 スパイ活動もこれまでですね……仕方ありません。 ロプロース!!」 (鴉の画像) と叫ぶと、どこからか巨大な鴉が飛来して、 (校庭・琥珀さん消える) 琥珀さんを乗せて飛び去ってしまった……。  あの調子だと、琥珀さんには他にも自由に姿を変 えられる黒豹とか、全身武器みたいなロボットの しもべがいそうでなんかイヤだなあ。 -45 (教室) (シエル先輩) 「遠野くん。確かにジオンの兵隊なんですね?」 「はい。っていうか、あれは琥珀さんですよ。いっ たい今度は何を企んでいるのやら……」  そのとき、屋上から監視を続けている生徒の声が した。遠野の屋敷は高台にあって、学校の屋上から 様子が見えるので、天文部と野鳥の会会員の生徒が 望遠鏡、双眼鏡を使って、交代で監視をしているの だ。 「遠野屋敷から、通常の3倍で接近する人影が2体 あります! でも……このスピードで接近できる死 徒(ザク)なんて、ありはしませんよ!」 (教室) (怯える翡翠) 「秋葉さまです……こんなスピードで接近できるな んて、秋葉さましかいません!」 -46 (学校途中の坂道・紅赤朱の秋葉) 「見せてもらいましょうか……このわたしから兄さ んを奪った吸血鬼の魅力とやらを!」 (教室) (シエル先輩) 「紅赤朱の秋葉……別名”紅い彗星”モードの秋葉 さんですね。これはちょっとやっかいですよ…… 遠野くん、なんとかできますか?」 (校舎前・秋葉とサラリーマン死徒) 「やります! 秋葉はともかく、相手が吸血鬼なら 人間じゃないんだ!」 「志貴、ひどーい。わたしだって一応は吸血鬼なん だよ? 傷つくなぁ」  ということで、秋葉たちを迎え撃つべく、重い足 取りで校庭に向かった。 (学校・校庭) 「速い!」  ついさっき屋敷を出たのを確認したばかりなのに 秋葉は既に校門の前にまで接近していた。  軽く地面を蹴って校門を飛び越えたかと思うと、 次の瞬間、目の前10センチあるかないかの距離で 動きを止めて、にっこりと微笑んで言った。 (秋葉) 「兄さん、あとで覚えておいてくださいね。その女 を倒した後、弁明の機会くらいは与えてあげます」  ……顔が笑っている分、余計に怖いぞ。 (アルクェイド) 「倒せるものなら、やってみたら?」  アルクェイドもいつもの戦闘モードほど殺気立っ ている様子はなく、ほんわか笑っているのが逆に 気味が悪い。 「これが……おんなのたたかい……」  張り詰める緊張感で、冷や汗が滲んできた。  その見えない緊張の時間を打ち破って、秋葉がア ルクェイドに一撃を加えた。  ものすごい音がして、アルクェイドも一瞬体のバ ランスを崩したように見えたけど…… 「え、笑顔を崩してない!」 「え…… そんな? 直撃のはずよ!?」  空を見ると、満月があった。  秋葉と一緒に学校を襲いに来た死徒(ザク)も、 呆気に取られてふたりの女の戦いに魅入っていた。 「迂闊なやつめ!」  動かない死徒(ザク)を殺すのは簡単だった。 ……まあ、武器も以前の数万倍は強力になってる みたいだし。 (校庭) (秋葉) 「スレンダー!  一撃で……一撃で撃破するなんて!  あのナイフは戦艦なみの破壊力を持っているとで もいうんですか!」  死徒を倒したのと同時に、急激に頭痛が激しさを 増した。 「眩暈が……目の使いすぎだ」  援護の死徒(ザク)を殺られて、秋葉は一時屋敷 へ戻っていった。こっちも校舎に戻ろう……。 (教室) (シエル先輩) 「もうっ、遠野くんは目の使いすぎです。あんまり その能力をアテにしすぎちゃダメだって言ってる じゃないですか。秋葉さんは妹さんなんですから、 もっと兄の威厳というか、説得とかできないんです か?」 「————はぁ。やれるとは言えない……でも、 やるしかないんですよね」  あいつに説得なんてまず無理だろうな、と思うと ため息しか出なかった。 (シエル先輩) 「敵の様子は?」 (弓塚さん) 「なにも。でも、多分また来ると思うよ……」 (学校・階段) (翡翠・シエル先輩) 「翡翠さんは、……その……死んじゃうエンディ ングの経験、ありますか?」 「な! ……こ、答える必要があるんでしょうか。  ありませんっ!」 「わたし、あるんですよ。エンディング以外にも、 何度も。  いいなぁ、翡翠さんは。ほかのヒロインの皆さ んも、少なくとも一度は死ぬんですよねー」 「皮肉ですか」 「いえ、ただ油断すると翡翠さんんも危ないですよ ってことです」 (遠野家屋敷・玄関) (琥珀) 「新たにあなたがた3機の死徒(ザク)が間に合っ たのは幸いです。  20分後の夜明け前を狙って、学校に突入します。  吸血鬼がこのタイミングで戦闘を仕掛けたという 事実は、古今例が無いはずです。  日の出の時間になってしまえば、いくら死徒 (ザク)といっても一瞬で灰になってしまうからで す。  だからこそ、日の光を嫌う吸血鬼が襲ってこなく なる、と気が緩むそのときが、学校に突入するチャ ンスなんですよ。」 (秋葉) 「あなたがたの幸運を期待します」 -49 (学校・教室) 「いつのまにか戦争させられて……」 (シエル先輩) 「何いってるんですか。これは遠野くんを奪い合う 戦争みたいなものじゃないですか。  はっきりと態度を決めない遠野くんも悪いんです から、半分は自業自得です」  ……それを言われると、何も答えられなかった。 「朝が近いですけど、アルクェイドは出撃する可能 性もあります。  遠野くんもそのつもりでいてください」 (アルクェイド) 「えー、わたしもう寝る時間だよ? 妹だって、わ ざわざお肌に悪い時間に起きてこっちに来ることな んてないよね、志貴」 「……わかるもんか」  そのとき、校内に警報が鳴った。  いつもは、避難訓練のときに使っているものだけ ど、今は敵が襲ってくるときに使用している。  屋上の監視から、シエル先輩に伝令が来た。 「敵です! 死徒(ザク)と思われる人影は4体で す」 「4体も? 話が違いますよ!」 (シエル先輩) 「紅い彗星も補給はするでしょうね。  大丈夫、私や有彦くんも援護しますから」 (有彦) 「え? オレもやんの? ヤダなぁ」 (翡翠) 「大丈夫、志貴さまならきっとできます」 (志貴) 「……おだてるなよ」 (翡翠) 「志貴さま。秋葉さま……いえ、紅い彗星だけに気 を取られないでください。姉さんもどこかで罠をし かけているかもしれませんし……」 「行きます!」  いつものようにアルクェイドと校舎を出て、ナイ フを構えた。  今回は、死徒3体と紅い彗星……秋葉という構成 で、アルクェイドは意地悪っぽく秋葉の相手を、 こちらは有彦たちと死徒の相手をする。  ナイフで死徒(ザク)の線を切るが、うまく線を なぞれない? 「死の線がいちいち狂って見える!  疲れ目で焦点がずれてるのか……」  それでも死徒(ザク)は戦闘不能になったような ので、秋葉の説得に回った。 (有彦) 「遠野、死徒(ザク)なんて俺に相手できるわけな いだろうが。親友を見捨てないでこっちもなんとか してくれよ!」 「無理です、志貴さまは秋葉さまを説得するので精 一杯なんですよ」 (志貴と秋葉の会話) 「だったらせめてバイトだけでも許してくれればよ かったんだ!」 「いいえ、兄さんの命は私のもの。私の命も私のも の。だったら、すべて私の一存で問題ないじゃあり ませんか」 「そんなジャイアンみたいな理屈!」  そして、アルクェイドに向かって言った。 「吸血鬼としての危うさの違いが、放っておけない 女の魅力の決定的な違いでないことを……  教えてさしあげます!」  そして、紅い髪が全方向から容赦なくアルクェイ ドを襲う。 (琥珀) 「オールレンジ攻撃……」  しかし、やはり満月に近い夜のアルクェイドに は効いていなかった。 (アルクェイド) 「妹、甘い!」 (秋葉) 「直撃! したはずなのに! どうして!?  もうっ! 連合軍の吸血鬼は化け物ですか!」 「なによ、いまの妹だって似たようなものじゃん」 「くっ……」 ……こうして不毛な争いが続くなか、シエル先輩が 叫んだ。 「アルクェイド、遠野くん。オーバータイムです。 もうじき日が昇ります。  アルクェイド、いくらあなたでも、日中は充分に 力を発揮できないでしょう? 戻ってください!」 (秋葉) 「仕方ないわね。琥珀、私達も撤退しましょう」 (琥珀) 「そうですね、そろそろ朝食の仕度もありますし」  東の空が明るくなり、やがて太陽が上端を覗かせ 始めた。  だが、一体の死徒(ザク)は、ナイフを持った俺 と対峙して、逃げるタイミングを失っていた。  朝焼けは徐々に明るさを増していく。  朝日を浴びた死徒の体は、端の方から徐々に崩れ 始めた。 (サラリーマン死徒) 「助けてください、秋葉さま! 朝日から身を隠せ るようなところがありません! 助けてください! うわぁぁぁ!」 (秋葉) 「クラウン……残念ですけど、私と違ってあなたがた 死徒(ザク)には直射日光を防ぐ能力はありません。  気の毒ですが……」 (琥珀) 「それにしても、オトコの取り合いの犠牲になって 死んじゃうなんて、無駄死にもいいとこですよねー ……ってもともと死んでるようなものだから、まあ 同じようなものですけど」 (サラリーマン死徒) 「うわぁぁ、琥珀さまひどすぎる!」  朝の強い日差しを浴びたザクは、目の前でサラサ ラの灰になって崩れていった。 (秋葉) 「ようやくわかりました、琥珀。よしんば今晩撃ち 漏らしたとしても、敵の吸血鬼も日中は出歩けない から、彼らを夜まで学校に釘付けにできるという 2段構えの戦法だったのね」 (琥珀) 「戦いは非情です……そのくらいのことは考えます」 (アルクェイド) 「昼間のうちに、ちょっと忘れ物を取りに行ってく るねー」 (秋葉・琥珀) 「————————」 「————————」 (琥珀) 「連合軍の吸血鬼は化け物です……」 (秋葉) 「琥珀、一度屋敷に帰りましょう。作戦を立て直す必要があるわ……」 (遠野家屋敷・地下室) (ネロ・カオス) 「よぉ、なんだい紅い彗星」 (秋葉) 「その名前は返上しなければいけませんね。  敵の”V作戦”って聞いたことがありますか? 真祖の吸血鬼を使った、私の計画の妨害作戦です。 そのお陰で、私は死徒(ザク)を6機も失ってしま いました。 「ひどいものだな、そんなに凄い吸血鬼なのか」 「ええ。でも学校に釘付けにはしています。彼女を 倒して貴方の手柄にしたらいかが」 「よし、そのご厚意はいただこう。 私の666機の部隊で迎え撃つ。緊急出動だ!」 (学校・廊下)  疲れた……精神的に。  げんなりとした精神から来る疲労感が、重く体に のしかかる。  重い足取りで校舎内に戻ると、翡翠が出迎えてく れた。 (学校の廊下) (翡翠) 「志貴さま、お疲れさまでした」 (有彦) 「よぉ、ニュータイプ」 (志貴) 「そういう言い方はヤメロ」 (有彦) 「こう立て続けじゃ、校外に脱出できないじゃな いですか」 (シエル先輩) 「琥珀さんは謀略に優れたひとですから。 私たちは……琥珀さんにはめられたんです」 (有彦) 「ううっ、やだなあ」  そして、次の夜が来た。 (遠野家・門) (琥珀) 「毎晩続けて、秋葉さま自身が行くこともないで しょうに」 (秋葉) 「私には、兄さんを奪った不心得者に対しての対抗 心というものがありますからね。出撃!」 (学校・校門) (死徒(ザク)) 「一般人が出てきたぞ。白いヤツはまだ出ていない」 (学校・教室) (シエル先輩) 「遠野くん、アルクェイドを出撃させてください!」 (弓塚さん) 「シエル先輩。遠野くんがだめなんです。戦いたくな いって」 「なんですって?」 「戦いが終わったらぐっすり眠れるって保証があるん ですか!」 「っていうか、遠野くんっていつもぐっすりねむって るじゃないですか」 「いや、あれは貧血の影響というか、体が弱いからと いうか……ともかくですね、もうドロドロしたの、 いやなんですよ!」 「ドロドロって、遠野くんが自ら蒔いた種ですよ ねー」 「シエル先輩は、なんで戦ってるんですか」 「本当はそんな哲学を語っている暇はないんですけ ど……。  そうですねー、隙あらば遠野くんをこの手に、 っていう理由もありますが、他にもありまして。 この街においしいカレーパンを売っているパン屋さ んがあるんですけど、この戦争騒ぎで閉店中なんで すよ。  だから、あいつらをちゃっちゃっとやっつけて、 早くパン屋さんを再開できるようにするためという のもあります」 「(絶句)……もうやらないですからね!  カレーパンのためになんて、二度と吸血鬼と戦う もんかぁぁ!」 「でも、もとはといえば、遠野くんが罪作りなこと ばっかりしてるからでしょう? 当の遠野君がそれ じゃ、無責任ってものです。  あーあ、カレーパン、残念です……」  がっくりと肩を落として、シエル先輩は教室へと 戻っていった。 (弓塚さん) 「遠野くん。アルクェイドを操縦する手引書ってあ るんでしょ? アルクェイドを操縦できない遠野く んなんて、遠野くんじゃない。私がやってみる」 「……アルクェイドを操縦? アルクェイドって、 いつから巨大ロボット姫だったっけ?」 「違うよ、遠野くん。『シエル先輩に言うことを聞 かせるにはカレーパン』みたいな意味での操縦だよ」  まぁ、確かにアルクェイドは誰かに言われて仕事 をするような性格じゃないし、気まぐれな猫みたいな ものだからな。  あいつに仕事をさせるってことは”操縦”という べき行為なのかもしれないけど……これを聞いたら アルクェイドは怒るだろうなあ……。 「弓塚さん。そんなマニュアルなんて存在しないし、 アルクェイドの操縦は君には無理だよ。 悔しいけど……俺は男だからね」 「ふぅん、アルクェイドって、男の子でないと操縦で きないんだね。ふふっ、志貴くんてやらしいんだ」  意味ありげな笑いを浮かべる弓塚さんに、照れて 赤くなっていく顔を見られないように、アルクェイ ドの待つ校舎の入り口に向かった。 (学校・3年の教室) (シエル) 「かなりの戦力ですね」 (翡翠) 「はい、敵は地上部隊の黒犬、航空部隊の鴉も出し てきたようです。  なんだかもう、めちゃくちゃで手におえません」 (校庭) (有彦) 「志貴は、アルクェイドはどうしたんだ!? 俺たちじゃもう持たねーぞ!」 (学校・廊下) (アルクェイド) 「志貴、いつも遅いゾ」 (弓塚さん) 「落ち着いて、志貴くんならやれるよ」 「ありがとう」 (アルクェイド) 「そういえば、なんでさっちんがこっち側にいるの よ。あなた、本来あっち側じゃないの?」 「……えへへ、ばれちゃったか。でも、アルクェイ ドさんだってそうじゃない。わたしだって、志貴く んの側がいいに決まってるでしょ!」 「本当は見過ごせないんだけど……ま、いいか。 ここは戦力が欲しいところだし。  じゃあ、あなたも出撃」 と、アルクェイドは弓塚さんを掴んで、校庭に向 かって射出した! 01234567890123456789012(※月姫応募規定) 「うそーーーーー!」 (弓塚さん消える) (アルクェイド) 「アルクェイド、遠野志貴、弓塚さっちん、行き まーす!」  ばん! と勢い良く校舎のドアを開いて、俺たち は学校の防衛線・校門へと走った。 (サラリーマン吸血鬼) 「白いのが出てきた! それともう一体。 ホワイトベースには吸血鬼が2体いるぞ!」 「有彦、下がれ! 後は俺とアルクェイドでやる!」 (有彦) 「助かった……後は頼む」 (秋葉) 「白いヤツが出てきたですって? 私が行きます!」 (琥珀) 「秋葉さま。前から思ってたんですけど、彼女の名 前がアルクェイドさんってもうご存知ですよね?  なのに、なんでいつまでも”白いヤツ”っておっ しゃるんですか?」 「兄を奪った、あんな人間外の女の名前を口にする なんて、私のプライドが許しません!」 「ははあ、ジェラシーってやつですね」 「うるさいわね!」 (校庭) (弓塚さん) 「わたしだって、わたしだってー!」  ちょっと涙目になりながらも、普通の人間よりは 戦力になっているようだ。 (秋葉) 「連合軍め……なんてメチャクチャな吸血鬼を使っ てるんですか。この化け物めっ……堕ちなさい!  堕ちなさいってば!」 (アルクェイド) 「ふん、なによ。ひとをバケモノバケモノって。 あなたの方がよっぽど堕ちてるわ。  今の自分のことを棚に上げて、ひとをバケモノ 呼ばわりするあなたは、バカモノといっていいわ」 「くっ……」 (翡翠) 「ア、アルクェイドさまと秋葉さまが……今度は口論 を始めています!」 (シエル) 「す……すごい……というか、強大な力と力のぶつ かり合いから、一気に低レベルの戦いに突入しまし たね……  見苦しいというか……」 (秋葉) 「そもそも、あんなののどこがいいのよ」 (アルクェイド) 「あんなの、っていうくらいなら、わたしにくれて もいいでしょ?」 (志貴) 「本人がいるのに言われたい放題だな……」  ……なんか急に帰りたくなってきた。 (教室) (弓塚さん) 「志貴くんがあんな言われ方をしている……」 (シエル先輩) 「ええ、遠野くんの悪いところです。彼は天然です からねー。彼女たちのいうことには同意できます」 (志貴) 「そこ! こっちまで聞こるような声で密談しない!」 (琥珀) 「秋葉さま、言い争いをしている間に、志貴さんが 校舎内に逃げ込みましたよ! 早く追いかけない と!」 (秋葉) 「なんですって? 兄さんはどっちへ行ったの?」 「わたし、見てました。ここにある地下部屋への隠 し通路を降りて行きましたよ」 「待っててください、兄さん。地獄の果てまで追い 詰めて、二度と妙な外人なんか振り向かないように してあげますから……ふふふふふ」 (アルクェイド) 「こらー、勝手に無視するなー!」 (琥珀) 「秋葉さま、気をつけて………………  ————なーんてね。  ふっふっふ、入っていきましたね……罠とも知ら ずに」 (学校・地下室) (シキ) 「秋葉ぁぁぁぁ! マイシスター!」 (秋葉) 「きゃぁぁぁぁ! へんたい、へんたい!  兄さんなんていないじゃない! 「オレもおまえの兄さんだ! さあ、俺の胸に飛び 込んでおいでマイハニー!」 「いやぁぁぁ! なんで私ばっかりこんな目に!」 「秋葉さま。聞こえていたら、生まれの不幸を呪っ てくださいね。ふふっ」 「声が……入ってきた穴から?  その声は琥珀ね!  なんですって!?  琥珀、不幸ってなんのことよ!」 (琥珀 ※姿は見えない) 「あなたはいいご主人さまでしたが、あなたの父上 がいけないのですよ、あははー」 「なんですって! 琥珀、謀ったわね琥珀ぅー!」 (校庭) (琥珀) 「ふふっ、シャアさまみたいに、一度このせりふを かっこよく言ってみたかったんですよねー」 (地下牢) (秋葉) 「シャアさまって……琥珀、あなた一体なにを言っ てるの! ……ってしつこいわね、離しなさい!」 「マスクをかぶれなかったのが残念でしたけどね。  秋葉さまはテレビをご覧になってなかったですか らご存知ないでしょうけど、ガ○ダムって最高の 復讐ストーリーでもあるんですよ……(うっとり)」  その頃、戦闘を行っていた校庭では、秋葉が忽然 と消えたので、指揮系統を欠いた敵・味方ともに 多少の混乱が生じていた。 「秋葉が突然いなくなったって?」 (翡翠) 「さきほど、秋葉さまの声と思うのですが、なんだ かすごい悲鳴といいますか、絶叫も聞こえました。 ……秋葉さま、いったいどうなさったのでしょうか ————心配です」 「アルクェイド、おまえまさか本気で……」 「失礼ね。志貴の妹相手にそんなことしないわよ」 「秋葉……俺は本気でおまえを撃退しようなんて 思ってはいなかったのに……。  誰かにやられてしまったのか、それとも、暴走 し過ぎで元に戻れなくなったのか……。  どうしてこんなことになってしまったんだ!  なぜなんだ!」 (琥珀) 「嬢ちゃんだからですよ……ってきゃー! これも言ってみたかったせりふなんですよねー」 (志貴・翡翠) 「琥珀、さん……?」 「姉さん……」 (秋葉) 「ふーん。私まだ死んでないんだけど」 (琥珀) 「やばっ!」 「私があんな変態相手に負けるもんですか。さて、 どういうことか説明してもらいましょうか、琥珀。 言いたかったセリフを言って陶酔するためだけに、 そういう状況を作ったとしたら……残りの一生 タダ働きね」 「は、はは、遠野家に栄光あれー……なんちゃって」 琥珀さんを見るみんなの目が、限りなく白かった。 「こうやって……不条理な世界に慣れていくのか…… 自分でもわかる……」 「……で。白けてしまったし、このつまらない戦争も 続ける意味はなくなりました。  兄さんはこのあとどうするつもりなの?」 「そうだな、もうこんないがみ合いを続ける必要は ないんだ。元の生活に戻って、今まで通りの生活に 戻れないかな」 (秋葉) 「意外と……兄さんも甘いようで(がすっ)」 秋葉の目が鋭く光ったのと同時に、当身をくらって しまった。意識が遠ざかっていく……。 「琥珀、兄さんは地下牢にぶちこんでおいてね。 しばらく、あの吸血鬼のひとと一緒に暮らして、 泣いて反省してもらおうかしら」 「わかりました、秋葉さま」 「あーあ。遠野くん、しばらく牢生活ですね」 (弓塚さん) 「わたし、日が当たらないところなら遊びに行くか らねー」 (志貴の部屋)  ————はぁ、はぁ、はぁ。  というシーンで目が醒めた。  夢か……。  悪い、夢だ……。  昨日屋敷に遊びに来たアキラちゃんが、琥珀さん との不思議な組み合わせで、女の子なのにロボット アニメ談義に花を咲かせていたのを聞いたことが影 響したのかな。  俺も昔はフツーの少年だったので、それくらいの 年齢なら当然の嗜みとして、ロボットアニメくらい は見たことがある。  でも、なんでザクが3倍のスピードで移動できる か、なんて知らなかったよ。  特に琥珀さんとロボットアニメという組み合わせ がイメージ結びつかないけれど、どうやら復讐物語 としてのガンダムが大好きらしい……。 /END